君が嫌いな君が好き

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あと5年早く生まれていたら、私は山下翔央担になっていた話

 

おはようございます。先日千秋楽を迎えたジャニーズオールスターズアイランドに1月19日、『Ya-Ya-yah』と名乗って八乙女くんと藪くんがゲストとして帝劇のステージに立ったと聞き、一番最初に私が感じたのは「懐かしい」でした。私には強火JUMP担の幼なじみがいます。(その幼なじみについては下の記事をご覧ください)

 

haru1213.hatenablog.com

 

 

Ya-Ya-yah』というグループが結成され、活動していた頃、私は小学生でした。例の幼なじみのお姉ちゃんが中学生で、「ひか~♡」「やぶちゃん~♡」と毎日口ぐせのように言っていて、はじめ、私はお姉ちゃんの学校の友達のことだと思っていました。「ちょっと、あんたも『Ya-Ya-yah』観たほうがいいよ!」「やーやーやあ?」「ほらっ、これ貸してあげるから見な!」半ば強制的に紙袋にアイドル雑誌(確かM誌)と『Ya-Ya-yah』が描いた漫画を詰め込まれた記憶があります。あと、私は幼稚園の頃からエレクトーンを習っていたので、その発表会で『世界がひとつになるまで』を演奏した思い出も残っています。

 

しかし、当時NEWSとしてデビューしていた山下くんからジャニーズの沼に落ちていった私にとって、そこまで鮮明に『Ya-Ya-yah』が記憶に残っていたわけではありませんでした。今はJUMPとして活動している八乙女くんと藪くん、背の高い太陽くんと…あと一人男の子がいて、4人組のグループだったよなあ、それぐらいの記憶でした。でも、藪くんと光くんが帝劇に来て、『愛しのプレイガール』と『Just wanna lovin' you』を歌ったと聴き、「懐かしいからちょっと観てみようかな」とYou○ubeを開いたのがいけなかった。

 

『愛しのプレイガール』を再生して数秒、その曲は一人の男の子のソロのダンスから始まった。「あれ…これって、戸塚くん?!」私は目を疑った。なぜ自担が『Ya-Ya-Yah』の曲で踊っているのか。戸塚くんは『A.B.C』ではなかったのか。でもその人は当たり前だが戸塚くんではなかった。テロップには【山下翔央】の文字。

 

この子が山下くんだったの…!?

 

私は衝撃を受けた。以前、幼なじみに「はっちゃん*1が絶対好きそうな顔の子、むかし俺のお姉ちゃんが好きだったグループにいるよ。山下くんって言うんだけど、はっちゃんの好きな、戸塚くんと銀河系王子様*2を足して2で割ったような顔の子。」「そんな人いるわけないじゃん!」戸塚担兼顕嵐推しの私は、幼なじみの話を冗談だと思って流した。

 

実在したじゃん…!!!

 

 

『愛しのプレイガール』再生数秒で翔央くんに落ちた私は、それから動画を見漁った。きっかけはそのドストライクな容姿であったかもしれないが、見れば見るほど翔央くんの魅力に憑りつかれていった。その日から今日までいくつか記事を投稿したが、正直心ここにあらずという感じであった。私の頭の中は翔央くんでいっぱいだった。

 

 

小柄で骨っぽくて、今ではちょっと長いように感じる黒髪も翔央くんにアイデンティティに見えてくる。アクロバットが得意でステージの上をはねていたり、踊ったり歌ったり、キスマイやA.B.C-Zと一緒にゲームをしたり、NEWSとは一緒に番組をやっていたり…

 

翔央くんは、『Ya-Ya-yah』の4人の中ではいちばんお兄ちゃんで、結成当時は背が高かったのに年下組にガンガン背を抜かれていく姿はとても可愛いかった。また、NEWSのマッスーと一緒にやった『愛Q劇場』というコーナーでは、細めのダーリン翔央くんが筋肉ムキムキのハニーマッスーにふっとばされていた。(銀縁眼鏡にグレースーツがすごく可愛かった)アイドルとしてのパフォーマンスは勿論、コントやロケにも一生懸命取り組む翔央くんが私にはとても眩しかった。そして見終わった後に必ず思うのは、「翔央担になりたかった」その一言に尽きる。

 

 

私がいま、どんなに一生懸命『Ya-Ya-yah』について調べたとして、『Ya-Ya-yah』というグループが活動していたことや、エピソードは知ることはできるかもしれないけれど、太陽くんや翔央くんがグループに掛ける思いや熱量は知ることは出来ない。うちわをもってコンサートに行くことも出来ない。『Ya-Ya-yah』が活動していたときに、翔央担であった人たちのことを心から羨ましく思うのと同時に、その人たちは、グループの中から二人だけがデビューという道を進み、自担が事務所を退所した時代を知っていると思うとただただ胸が苦しくなる限りだ。

 

きらきらと輝く翔央くんのパフォーマンスを自分の目で見ていたのに、デビューという未来が確かに近くにあったはずなのに、翔央くんはそのメンバーに選ばれることなく、活躍する姿を見ることさえ出来なくなってしまった。JUMPのデビューは確かに輝かしいものであったとは思うが、『Ya-Ya-yah』のファンの方の気持ちを考えると、素直にJUMPのデビューを祝福できなかった、という意見も納得できる。「どうしてふたりだけがデビューするの?」「残された太陽と翔央は?」今年、JUMPがデビューから10年を迎えるが、『Ya-Ya-yah』のファンの方からは、この疑問は消えることはないのだろうと思う。

 

翔央くんのパフォーマンスを自分の目で追いかけたかったが、翔央くんはもうとっくに自分の決めた道に向かって歩き出している。ちゃんと未来を見据えて踏み出す姿は眩しすぎて私には見えないけれど、翔央くんが選んだ道が、きらきらと輝くものであったらいいなあと願う。

 

これからも暫く翔央くんを引きずると思いますが、もしどこかで翔央担の人がこの記事を見かける機会があったら、是非お話を聞きたいなあと思います。長い文を読んで下さり、ありがとうございました。

 

 

*1:私の名前

*2:Jr.の阿部顕嵐くんのこと。幼なじみはこう呼ぶ。