君が嫌いな君が好き

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「運」と「選ぶ」こと

こんにちは。春陽です。無事トラジャのクリエが終わり、トラジャちゃんたちはお米の美味しい町に到着したのか気が気でなりません。宮近くん美味しいお米食べてるかな。朝日、騒ぎすぎて如恵留くんに怒られてないかな。うみちゃんは閑也くんの分までごはん食べてないかな。そして、来週にはJr.担の皆様にとって夏の一大イベントの抽選結果の発表があり、気が気でない週末をお過ごしかと思います。私もその一人です。

 

クリエなんてものは本当に存在するの?どんな日常生活を過ごしている方があの空間に行けるの?と常に考えているのですが、私にはたぶん徳が足りないのだという結末に落ち着きました。一日一善を実行している最中です。(しかし私のポンコツスマホは「いちにちいちぜん」と打つと「一日一膳」と出てくる。米食ってる場合じゃない。)

 

そこで、去年一年どれだけの運を使ったのだろう…と思い起こしてみると、

・サマステ→Mr.KING×HiHi公演

A.B.C-Z SLTコン→代々木公演

・フューチャーワールド→大阪公演

ぐらいでした。(自名義で取れたのは)

いや、3つ取れれば十分やん!と思えば十分かもしれないんですけど、やっぱりえび座も行きたかったし、ドリボもジャニアイも行ってみたかったです。やっぱり取れなかったですよね。交通の便が悪い北国に住んでるので、関東で行われる公演は宿泊費+交通費はもちろん負担しないといけないし、(そのためにバイトしていたのでこの辺はあまりなんとも思っていなかったのですが)何日か公演が続けて行われる場合でも滞在し続けられるわけじゃないし…社会人になった今ではそんなに連続で有給使えるわけじゃないですしね!!!田舎人に厳しいジュニアの現場…クリエなんてものは毎日米食ってる限りは一生行けないと思います。

 

じゃあオタクの現場ではほとんど運がない私だけど、日常生活ではどうだろう…と思い整理してみました。

 

小学校を卒業した私は、当たり前のように地元の中学に進学しました。塾に通っていたり、お家がお医者さんだったりする友達はお受験していわゆる新学校に進みましたが、学校から帰ると毎日海で遊んだり裸足でおにごっこしたりする私には、勉強という文字は頭の片隅にもありませんでした。

 

中学校では宿題とテスト前しか机に向かうことはなかったと思います。バリバリの運動部に所属していたのでやれ朝練だ、やれ練習試合だ遠征だと部活一色の中学時代を過ごしました。髪の毛は今の平野くんより絶対短かった。部活を引退した後はすることがなかったのでひたすら勉強をしてましたが、担任に「推薦受ける?」と声を掛けられ、面接だけで自称進学校の高校に入学しました。担任に声を掛けられたのは運がよかったのかな…(滑り止めで超お嬢様の女子校の特進科を受けて一応合格したので、ここに入学していたらまた別の人生があったんだろうな…如恵留くんみたいな女の子になっていたかもしれません…それはない

 

高校でも部活一色だった私は、周りから見ると本当に気持ち悪かったと思います(笑)私服校だったので、髪を染めたり化粧をしたりも自由だったのですが、私は黒髪を一本に結って、ジャージで登校して毎日弓を引いていました。一日何本弓を引けたかが私のステータスでした。マジでキチ〇イ…外した本数×100円貯金をして勝手に破産しそうになっていました。もちろん汗もかくし袴も汚れるので化粧もせず、部活後に友達と海に入って叫んだりしてました。あっ、ちょっと青春っぽい。ちなみにMAT〇Hを差し出してくれるような平野くんはいなかったです。

 

勉強は嫌いじゃなかったんですけど本当に時間がなかったので、3年の7月に部活を引退してからセンター試験に向けて死ぬほど勉強していました。高校2年の模試で400点ちょいしか取れなかった(マジでクソ)私が、センター当日には+300点くらい取れるようになっていたのでやれば人間なんとかなるもんだと思いました。まあもう全部忘れているんですけど。毎日図書館に缶詰になっていたので、しんどい時はガラケーの待ち受けの戸塚くんに話掛けてました(かなりやばいやつ)結局前期試験は大雪で行けなかったので、後期試験だけ受けたんですけど、後期試験は面接だけでした。ニコニコヘラヘラしていた私は何故か大学に合格しました。

 

大学四年間も部活まみれ…こう見ると私の人生はたぶんジャニーズと部活しかないですね…引くわ…(?)本当は他にやりたいことがあったんですけど、後期試験で教育学部に入った私はなんとなく教師を目指しました。でも当然、周りの本当に先生になりたくて教育学部に入った人との温度差は激しく、「やっぱり私のやりたいことはこれじゃない」と思い、研究室の先生に転学部したい旨を伝えました。2年生の頃からお世話になっている優しい先生だったので、「一応採用試験を受けてみて、それから転学部の試験の勉強をしてほしい」と諭され、とりあえず試験を受けました。一次試験は筆記だけだったので、センター試験をもう一度受けなおそうとしていた私にとってはそんな難しくなかったです(ひどい)二次試験も面接と実技試験だけで何となくニコニコヘラヘラしていたら、合格してしまい、今に至ります。

 

本当は私は小さいころからずっと、父の兄がやっていた橋や公園を設計する建築士に憧れていました。しかし、何を間違えたのか私の頭はド文系で、高2までは理系にいたんですけれど、到底着いていけなかったので文転しました。今でも橋や階段を見つけるたびに「あー、私だったらこんなふうに作るのになあ」「この階段めっちゃお洒落だな」と思ってしまいますし、この感情はずっと続くのかなあと思います。

 

でも、今の仕事に着いて、毎日ふたごのちかんちゅ(と私は呼んでいる)や集団下校の副班長の龍也くん(と私は呼んでいる)をはじめとする個性豊かな子どもたちと過ごす日々はとても楽しく、私は運がいいのかなあと思うこともあります。先日偉い人とお話する機会があり、「私は運だけで生きてきたような人間なんです」という話をしました。すると、その方が「それは運ではなく、自分で選んできた道なんだよ」と声を掛けてくださり、少し救われた気がしました。どんな道であっても、自分で選んできた。

 

これは応援しているジュニアたちにも言えることで、「自分で履歴書を出して入所した」子も、「親に勝手に履歴書を出されて入所した」子も、今夢に向かって頑張っている現実は一緒なんですよね。極論を言うと、私は頑張っているジュニアの子たちはみんなデビューしてほしいです。特に自分が応援している子たちなら尚更強く思います。しかし、そんなに現実は甘くない。きらきらした青春時代を踏み台にして毎日汗を流した子も、夢をつかみきれずに退所してしまうこともある。でもそれも、自分で「選んだ」道。「運」もあるかもしれないけれど、自分がいちばん輝ける道を「選んで」トラジャの皆にはこれからも笑顔でいてほしいと願っています。

 

それにしてもチケットだけは本当に「運」だから、夏のトラジャの現場に行けますように!!!!オバサン一日一善頑張ります♡